漠然とした不安

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ほとんどの人がそうだと思うが、今までの僕の心の中には漠然とした不安が巣食っていて、心が晴れることが少なかった。
常に心のどこかで、「このままじゃいけない。なんとかしなければ」という気持ちがあった。
それは、世の中に生活や将来を脅かすさまざな不安材料があるからだ。

・いつ終わるとも知れない不景気→社会不安が増大し、自分も失業者になるのでは?とか
・おそらく強毒性に変わるでであろうインフルエンザ→疫病の蔓延による健康不安
・様々な要因の環境問題→原発事故、中国の公害、
・北朝鮮の核武装とその影響→地政学的リスク、核戦争の恐怖
・年金崩壊→老後の不安
・老親の介護→自分の時間、お金が介護に吸い取られてしまう

こういった問題は自分だけの努力だけではどうにもならないこともあり、国が力になってくれればいいけど、今までの政府のやり方を見るととてもじゃないがあてにならない。
彼らは、国民のことをどれだけ本気で考えているのだろう。
自分だけなら「そのとき考えればいいや」と開き直ってしまうこともできるけど、家族がいればそうもいかない。
子供がいれば、せめて成人するまでは、自分の責任で育てなくてはならない。

自分でできることは限界があるから、それが「無力感」につながり、結局は流されるままになってしまっていたような気がする。
これでは、明るい未来など手に入れることは難しいのではないだろうか?

今、世の中が変わろうとしている
今までのやり方では、地球が維持できない。
世界が、変化を求めているようだ
新しい価値観、新しい経済システムが必要なのではないか。
自分はどうすればいいのだろう?生き残れるのだろうか?
そう思い始めたときに「水素文明」という考えに出会った。

「これならなんとかなるのでは」という希望が芽生えてきた。
自分の未来を託すに足る、新時代を自分たちで作れるかも知れない

まだまだ勉強中だけど、水素文明は、パンドラの箱に残っていた「希望」のような気がする。

                                          大谷安人  拝

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このページは、Yasuhito Oyaが2009年6月28日 16:58に書いたブログ記事です。

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